寄り道のスキマから次の時代の道へ

寄り道と聞いて、ワクワクする方、無駄な事と思う方、言葉一つでも捉え方は、それぞれですね。人は、どうして、寄り道をしたくなるのでしょうか?何が、それほど、あなたを惹きつけるのでしょうか?私は、この寄り道にこそ、重要な人生のエッセンスが入っていると思います。あなたは、どこから出発し、どこに向かい今、歩んでいますか?隣の大切は人は、どうですか?あなたは、何故、その道を、歩んでいるのですか?『観術』を通し、時代が観えた今、こんな事を書き綴ってみたいと思います。

晩白柚から歴史辿る②

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晩白柚から歴史を味わう】

おはようございます。

昨日から土用にも入り、季節の変わり目の混沌としやすい時期です。

強める作用もあるエネルギーなので、寒さも強めます。路面凍結の今朝なので、お気をつけてお出かけ下さい。先人達は、この土用のエネルギーを感じ、どう智慧のある生活に取り入れいていったのか、そんな話も今度していきたいなと思います。

 

さてさて、昨日の晩白柚の続きです。

植物学者の島田氏は、今までにない美味しさを醸し出す晩白柚に出会いますが、技術がなく、栽培に至れなかったというまでが昨日のお話でした。それでも、彼は、諦め切れなかったのですね。思いを持ち続け、当時、台湾総督府に勤務していた島田氏は、台湾に持ちみ込み、台湾試験場で育ててみるよう指示、見事、生育に成功、15年後の昭和10年、熊本の試験場に持ち込まれ、熊本の風土が合い、今では、『柑橘類の王様』と称されるくらいの特産品となっています。

もし、日本が和をもち、台湾を統治していなかったら、この晩白柚とも時代を越え、出会えていなかった。歴代の台湾総督には、今も、乃木神社や乃木坂に名を残す乃木希典、体系的な政策を掲げ、統治に安定をもたらした児玉源太郎もおり、そして、第6代総督の安東と7代の明石は、現地住民の権益を保護する政策も実施、明石は、台湾の住民にも愛され、総督の中でも唯一、墓地も築かれた総督でした。支配ではなく、和をもって、人と人との深い絆で結ばれた統治だったのだと日本人の和の精神を改めて、感じました。そんな真の日本人の魂とその美しい生きざまを私は、Noh Jesuから受け継ぎました。こうした意志とも出会いながらの今、何気なく出会った晩白柚から思いもかけず、歴史の意思と繋がった縁を感じます。

 

島田弥市は、八白土星。山や節目の象徴で、異質な物と異質な物をも繋ぐ橋渡し役、その力、教育者でもあり、国を守るエネルギーでもあります。島田は、晩白柚の他にも、山間地帯の農民を救うために、村を全国有数のショウガ産地にし、『ショウガの父』とも言われています。村を国を世界を守りたいと思う精神性高き八白土星です。